エントランスロビーにお雛様を飾っています。

ひな祭りの思い出。

 

お座敷に緋毛氈を敷いて、桐箱からお道具を取り出すところから楽しかった。

 

七段の台はお父さんが組み立ててくれる。台に緋毛氈をかけたら、子供たちで飾りつけ。屏風を広げて箪笥、長持、挟箱。高杯には紅白のお餅、おさんぼうには瓶子を置いて熨斗を差す。お母さんが本物の桃の花枝を花瓶に差して持ってくると、いつもは薄暗いお座敷が急に明るくなった。随身、仕丁、五人囃、いつも順番が判らなくなって、みんなでああでもない、こうでもないと置き直した。三人官女では、私は島台を持った子が大好きで、いつもこの子を飾らせてもらった。主人公のお内裏様を飾るのは大きいお姉ちゃんで、「ちびちゃんたち」は固唾を呑んで見守った。

 

飾りつけが済んだ後のごちそうも楽しみだった。ちらし寿司に蛤のお吸い物、菜の花のサラダに菱もち、あま酒、いちごのケーキ。いつもと違う塗りのお椀や箸でたべるのが大人っぽくて、素敵だった。

 

 


…………ってこれ、幼なじみの淳子ちゃんちのひな祭りなんですがね。私はお呼ばれされるほう。だってうちには七段飾りなんてなかったもの。

 

 


うちのお雛様は父方の祖母が買ってくれたもので、ちいさなガラスのケースに入って、古いオルガンの上に置かれた。お内裏様と飾りが少しあるだけで、淳子ちゃんちの七段飾りに比べると、しょぼくてダサくてみっともなくて恥ずかしかった。それでも子供なりに「せっかくおばあちゃんが買ってくれたものだし」という遠慮があり、駄々をこねることもできず、次善の策として、お雛様を出している間はなるべく友達がうちに来ないようにした。淳子ちゃんちのいいなぁ、あんなのが欲しいなぁと思っていたのは小学生くらいまでで、学業や部活動中心の生活になると、お雛様を出すことすらしなくなった。大学を卒業して一人暮らしを始めると、仕事と日々の生活に追われ、ひな祭り自体を忘れた。

 


が。

 


ローン審査や金策、引越しに保険など、えんやこら女の細腕(そうか?とか云っちゃダメー)ひとつでやりとげ、待望のマンション暮らしが始まり、自治会がエントランスホールに飾った七段飾りを見たとたん、雷に打たれたようでしたよ、あの頃の切なさがよみがえってきて。当時の親の年齢を過ぎた今なら判る、あのお雛様がうちでは合理的な判断だったのだと。でも七段飾りのお雛様が欲しかった、淳子ちゃんがうらやましかった、あの灼けつくような羨望もはっきりと憶えていて、子供時代の自分を慰めてあげたい……『大丈夫、成人したら自分でキリキリ稼いで気兼ねなくアニメフィギュアをコンプリートできるから!』(←ダメな大人)

 

親の家では、まだあのお雛さまをとってありました。お内裏様と屏風、台だけもらって、あとは処分してもらうことに。よく見れば可愛い顔をしたお内裏様、愛せなくてごめんね、と謝り、今、うちのリビングのいちばんいいところに飾っています。こころなしか、お内裏様たちがくすっと笑ったように見えました。

 

 

 

 

 

見よやゴージャスイニシア雛。イニシアキッズに幸あれかし。

 

 

 

 

 

うちの質素なお雛様。

 

 

 

 

 

今はこれが欲しい。

-Yuki